03.08.01 『全球団観客動員数200万人突破への道
A』
−コミッショナーのリーダーシップ−
昨年、大リーグはコミッショナー主導のもと、思い切った改革を行った。各球団の収入をコミッショナーが集め、それを全球団に均等に分配する負担金の比率を、球団収入の14パーセントから34パーセントへと大幅に引き上げ、さらに選手に支払う年俸総額が一定のラインを越えた球団は、最高で年俸総額の40パーセントをコミッショナーに支払う贅沢税という制度を設けた。これらの改革の主旨は、特定球団だけの利益を抑制し、球界全体の利益を追求することにある。上位球団と下位球団との利益の差が縮まり、戦力格差も縮まれば、より競争バランスが保たれ、球界全体に活気が付くと考えてのことだ。これらの改革は、すべてコミッショナー主導のもと進められ、各球団オーナー、選手会との議論の末成立したものだ。コミッショナーが球界全体の発展のために努力していることが覗える。
一方、日本のコミッショナーはどうだろうか。こういった改革を推し進めるどころか、公の場に顔を出すことすらまれである。
日本のコミッショナー制度は、アメリカ大リーグに倣い、1951年に制定された。しかし、日本のコミッショナーに求められる役割、リーダーシップは、大リーグのそれとは大きく異なる。
そもそも大リーグのコミッショナー制度設立の目的は、特定のオーナーによる球界の不公正な操作を防止し、球界全体の公益を追求することがであった。と同時に、ワールドシリーズの八百長事件で失態していた球界を救うべく、球界全体をまとめることのできるリーダーを必要としていた時でもあった。そのため、大リーグでは今日でも、コミッショナーに強いリーダーシップが求められ、球界内の紛争解決だけでなく、球界全体を取りまとめる指揮官としての役割も担っている。
一方、日本でも球界で起こった紛争について、コミッショナーに指令、裁定、制裁などの権限が委ねられている。しかし、実際には問題がコミッショナーまで届く前に、球団オーナー間での話し合いで解決されることがほとんどである。日本のコミッショナーは、強力な特定球団のオーナーの影に隠れ、球界全体の指針は、特定球団のオーナーの意向によって左右されてしまっているのが実状だ。
前記の通り、大リーグでは下位球団のボトムアップを計ろうという動きが見られる。しかし、大リーグの各オーナーのエゴも強く、球団の収入格差の開きは依然として大きい。むしろこの点で成功を収めているのは、アメリカンフットボールのNFLである。球団の総収入や放映権料だけでなく、チケット収入もホーム6割、ビジター4割の割合で分配し(大リーグは100パーセント主催者の収入)、収入格差の是正に成功。球団の人気の差も縮まり、全体として大リーグより高い人気を誇っている。
そもそも、球団の総収入に対してチケット収入に占める割合は、日本の方が高い。大リーグのそれが約40パーセントなのに対して、日本のそれは約55パーセントを占める。本来観客動員数に関しては、日本の各球団の方が目を光らせなくてはならない問題なのだ。にもかかわらず、その実数をも操作している日本の球団には、あまりの意識の低さを感じる。
チケット収入に多くを頼らざるをえない球界の構造そのものにも問題がある。大リーグが得られる大型の放映権契約を期待できない、巨人を除く各球団にとっては、巨人との収益の差を埋める術もない。現在各球団に任され野放しとなっている、チケット収入、テレビの放映権料、選手の肖像権料などを、ある程度コミッショナーが整理、管理し、各球団に分配し、体力の弱い球団に力を与え、競争力を付けさせるといったような、ドラスティックな改革も考えられる。球団にスター選手が加入すれば、観客動員数の増加が期待できる。人気のない球団にスター選手が加入すれば、球界全体の活性化につながるはず。延いては人気球団の観客動員数やグッズ売上げの向上も期待できる。
我が国において、プロ野球は一大産業である。これほど多くの国民を惹き付ける産業は、他のエンターテーメントにはない。にもかかわらず、この産業全体をビジネスとしてより良く、より大きくしようという意識は乏しい。これほど大きな産業がばらばらで、それぞれの球団が親会社の宣伝媒体でしかないというのは、なんとももったいなく思える。コミッショナーにビジネスリーダーを据えるのもおもしろい。以前大リーグでは、ロサンゼルスオリンピックの運営で手腕を発揮したピーター・ユベロスをコミッショナーに招き入れ、莫大な利益を球界にもたらした。各球団オーナーには、球界全体の発展が延いては自球団の発展につながるという、意識改革が求められる。
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