草野球団ハードライナーズ(世田谷区) > 2008年草野球団ハードライナーズ 新春コラム

「飛躍」より「歩躍」
監督から『今年は「飛躍」の年だったでしょうから、コラムを書いてください。』と言われ、大変困惑した。
打撃成績も平凡で、エラーの数もチーム2位。どこが「飛躍」なんだろうか。
「飛躍」という語を手近な辞書で調べてみる。すると、「進み方が大幅なこと」と出ている。それを見て、ますます私の成績は「飛躍」と言えるものではないと思わされた。また、平凡な成績であっても、自分のキャリアハイであるなら「飛躍」というには恥ずかしいが、それなりの意味があるものだと思える。しかし、2006年シーズンは成績が振るわなかったものの、03年〜05年シーズンでは、07年を超える成績を収めている。
そこで至った結論は、私は「飛躍」をしていない、ということ。
では、考えてみたい。活躍したという印象を植え付けることとなった原因は何であろうか。
おそらく、例年よりチャンスの場面でヒットを打てたことであろう。それは年齢を積み重ね大事な場面で力を発揮することができるメンタルの強さ、またコンスタントに試合に参加することができたことから得た経験値が備わったからであろう。それは突然身につけるものではなく、今まで経験したことの積み重ねや、野球キャリアに伴うものであると思う。2007年シーズンでは、これらのものがうまくかみ合い、野球キャリアも20年を超える年であったため、それを体現できたのだと思う。
ならば、「飛躍」という言葉は私にはふさわしくなく、恥ずかしささえ伴ってくる。
では、昨年の活躍を何という言葉で表すことが的確なのであろうか。造語でよいなら「歩躍」という言葉はどうだろう。飛びぬけての活躍・成長ではないが、着実に一歩ずつ歩むという意味で「歩躍」という言葉であらわしたい。派手さは無いが「歩躍」という言葉は、私が野球を続けていく限り毎年実現できるものだと考える。二年連続の「飛躍」はありえないだろうが、二年連続の「歩躍」は可能であり、もっと言えば毎年していかなければならないものだとも思う。
私は大きなことは言わない。しかし、前年よりの好成績を毎年の目標にしていき、「歩躍」し続けていきたいと思う。
最後に、これだけは言っておきたい。
「私という野球選手は、去年の成績では満足していない。そして活躍したとも思っていない。オレはもっとできる!去年以上の躍進を誓う!
「節目の一年を終えて」
HL History(00〜07)
#9本間興二〜限界と可能性の間で〜
0.迷い(00年)Age24
「とにかく野球が上手くなりない!」「絶対に誰にも負けたくない!」、俺は中学校の時に野球を始めたころから、今まで一度もその気持ちが変化したことはない。だから、HL入団の際も、入団してからも、このチームでの自分の居場所を探すのに非常に悩んだ。当時のHLは、選手のモチベーションにかなり大きな差があった。もちろん、様々な人を野球というキーワードだけで集めてきたのだから仕方がないとは思うが、それをまとめる人もいなければ、何より「目標!」が無かった。しいて目標があるとするならば、「楽しく・・・」という言葉をよく耳にした。この「楽しく・・・」という漠然とした声を、いかに皆で「共有!」して、「目標!」という具体的な姿に変えていけるかが、このチームの一番の鍵だと、その時俺は思った。ただ、その時の俺には遠慮や迷いはあれど、積極性や行動力など全く無かった。
1.葛藤!(01年)Age25
現実は甘くなかった。チームで楽しさを共有するどころか、楽しさの方向性は皆違う方向を向いていた。特に「勝利!」への温度差には呆れるくらいの差があった。当時は、プレー中に誰かに厳しく指示をするだけで、悪者扱いをされることも少なくなかった。この頃俺は、学生時代に主将として培った責任感にも、このままHLでプレーすること自体にも少しずつ限界を感じながら、いつ退団しようかばかり考えていた。今思うと、試合中も、チームのことより自分のことばかり考えながらプレーしていたような気がする。仲間との摩擦を恐れ、自分の目標すら不透明になっていた時期である。2.勝とう!!(02年)Age26
何となく、シーズンを迎えたこの年、西岡監督がリーダーに指名した選手は俺ではなく別の選手だった。何で!?と思うと同時に、この瞬間から俺はHLの主将というポジションを強く意識した。そして同時に、「楽しく・・・」から、「楽しく勝つ!!」という明確な目標を胸に、チームと向き合うことを決意した。当然、抵抗や摩擦もあったし、考え方が合わずに退団をするものも少なくなかった。でも、この時期から少数ではあったが本当に信頼できる仲間が出来、自分自身の中の野球への熱い気持ちも復活してきた。そして、そんなこの年の9月に、見事世田谷区4部の優勝!!170チームの頂点に立ったのである。このシーズン以来、俺は知らず知らずのうちにHLの主将になっていた。皆は意外に思うかもしれないが、実は俺は未だに誰からも正式な主将の要請は受けていない。
3.始動(03年)Age27
「とにかく、ハードライナーズを良いチームにしたい!!」今思えば、レオ君と真剣に二人三脚でチーム作りを始めたのもこの年からであったと思う。確か、コラム企画を始めたきっかけも、何とかより多くの仲間に自分の思いや考えを伝えたかったからである。
当時の俺は、まだまだ若く視野が狭く、何をやっても空回りしていた。でもこの時俺には、それを支えてくれる仲間が徐々に増えていた。特に、関口さん・中原さん・飯沼君といった先輩達のバックアップが心強かった。だから、俺も自信を持って次の一歩を踏み出すことが出来た。そして同時に、ハードライナーズも着実に前を向いて歩き始めていた。
4.上昇!(04年)Age28
チーム全員で、勝つことを覚えてきたのはこの年からであると思う。
この時期から、ハードライナーズのメンバーでなんとなくプレーをする選手がいなくなった。選手一人ひとりが、自分の目標を明確に持ち、チーム内での自分の役割を少しずつ理解してきてくれたことを実感できた。おそらく、今のHLの特徴の「声」「カバー」「全力プレー」などが自然に浸透してきたのはこの年からであろう。
そして、HLのもう一つの特徴「新戦力!」の重要性に気づいたのもこの年からであったように思う。この時の俺は、仲間とのコミュニケーションの大切さを痛感していた。飲み会や・メールのやり取りを自発的に行ったのもこの時かあらである。一方、野球選手としても前年に初めてMVPを獲られて、それを必死に獲り返すために、とにかく結果を追い求めて頑張ったことをよく覚えている。
5.常勝!!(05年)Age29
この年の勢いは凄かった!!同時に「本物!」の野球集団になれたことを実感出来た。新戦力と既存のメンバーがお互い刺激しあってそのレベルを高め、「勝利への執着」にチームの実力が追いつき追い越した一年であった。
今思うと、その年の8月のジョンの引退試合がHLに何か新しい力をもたらしてくれたような気がする。その次の試合から、HLは伝説の16連勝!!そしてその間に生まれた悲願の世田谷区3部優勝!!等など、シーズン当初にはとても思い描けなかった光景が目の前にあった。
その年のシーズンが終わって、俺は初めて「俺が主将としてここまでやってきたことは、これで良かったんだ!!」と、そう心の底から実感することができた。そして、その次の瞬間から、この年に入ってきた、木建という男に近い将来、主将を任せることを決意した。
6.最高からの進化!(06年)Age30
自分の心の中では、この年を最後に主将のポジションから退こうと考えていた。年齢的なことや、前年の7月に痛めた足首の影響や、このまま俺が主将をやり続けても・・・、という思いもあったが、何より木建という最高の後継者と出会えたことが一番の大きな理由であった。
この年のチームで意識したことは、最高から最高への進化であった。04年・05年と最高のチームになってきたHLを、より最高なチームにしていかなければならない!ということを常に考えていた。そこで、まず意識したことが、去年を捨てること!そして次に、何事もプロセスを大切にすること!そして、継続すること!!であった。
7年間やってきて、油断や慢心の怖さは身を持って体験してきた。だから、毎年・毎月・毎週・毎日が勝負なんだとチームとして感じることが出来た最高の一年であった。
野球選手としても、足首の怪我を経験したことによって、心身ともに最高のコンディションで試合に臨むことの重要性を学べた非常に貴重なシーズンであった。
7.感謝!!(07年)Age31
そんなこんなで迎えた、HL8年目の今シーズン終了後、約6年間務めさせてもらった主将のポジションを何とか無事に終えることが出来た。決して、簡単な役回りではなかったけど、常にどんなときにも優しくバックアップしてくれる多くの仲間に囲まれて、ここまで駆け抜けてきたので、本当に驚くほど充実したキャプテンライフであった。改めて、皆に感謝!!感謝!!本当にありがとうござしました。
8.真価(08年)Age32
これは俺の自論であるが、主将の役割は辞めた次の年から、またその実力が試されるのだと思う。特に今年HLがどれだけ飛躍していけるかは、昨年までどれだけチームの土台をしっかり作ってきていたか!?その内容が問われてくる。同時に新体制の中で自分がどうやってチームの中で機能していくかも重要な役割である。だから、まだまだ俺の主将としての役割は終わっていないということ。その役割を全うした時に、本当の意味での主将としての真価が問われるのだと思う。9年目を迎える、08年シーズン!年齢的にも心身ともに一年一年が勝負になってきた。
そんな中で、人間、自分の限界を自分で決めて、歩みを止めるのは案外容易である。
だからこそ、俺は自分の可能性を信じて、それを現実の姿に変えて生きたい。
「とにかく野球が上手くなりたい!!」「絶対に誰にも負けたくない!!」。
平成20年1月1日 HL初代主将 #9本間 興二
おまけ 西岡のコラム テーマ「代表として今年の目標」
年末、みなさんにコラムを依頼することにした。
本当は全員に頼みたかったのだが、無理なので特に印象に残った5人に絞った。普段は聞くことが出来ない本音のような事を聞くことが出来たようで楽しく読ませてもらった。
ハードライナーズも今年で9年目を迎えることになった。チームを立ち上げたときはもちろん「期間限定」で立ち上げたわけではないので、ここまで年月を重ねることは予想していたのだが、冷静に振り返ってみるとやはり歴史の重みを感じる。
はじめの頃は、何をするにも独断で決めていた。代表として自分が旗を振っていかないとチームが動かないと思ったからだ。みんな優しいチームで何か決めれば文句一つ言わずに従ってくれた。悪く言えば少しおとなしすぎたのだが・・・。おかげで、他チームの代表が一度は経験する「もう辞めてやろうか!」という思いをしたことは一度もない。これは改めて感謝だ。そんなおとなしいチームも、みんなが少しずつアドバイスや意見をくれるようになったり、責任を分担してくれるようになってきた。
6年目を過ぎた頃からチームメイトが結婚、転職など環境が変わることが増え、みんな貴重な休みを割いて野球をしに来ている事を強く感じるようになった。大人10人以上、相手も含めれば20人以上の休日を預かっているのだ。これは軽く考えられる問題ではない。この休日を無駄なものにすることがないようにしっかりとした運営を心がけていこうと思う。
まずは試合の手配。週に一回の野球を楽しみにしている(自分も含む)人たちのためには毎週欠かさないことを第一優先に考えていきたい。
次に大会への参加と練習試合のバランス。やはりトーナメントやリーグ戦、これは大変大きなモチベーションになる。様々な大会があるが、慎重に選んで、楽しくシーズンを過ごせるように尽くしていきたい。練習試合も大会の緊張感から解き放たれた中で、自分の力を試す貴重な場なので、おろそかにしないで行きたい。
そしてホームページでの企画。ホームページに対する意識がチーム創設時と比べ一番変わったかもしれない。自己満足だった物が毎日みんなが見ていること、みんなに見られていることを意識するようになった。極力更新頻度を上げて、何かしら変わっているというページにしていきたい。
他にも、選手としてもっとレベルを上げたいとか、飲み会などのコミュニケーションの場を設ける音頭をとりたいとか、いろいろあるのだが少しずつクリアして行けたらと考える。
さて、個人的な目標の話はそれくらいにして、チームとしてはどんな目標をもちたいか?
それは、みんなそうだと思うが、大会での優勝が一番だろう。
具体的に言うと世田谷区の二部で優勝したい。
GBNのプレーオフで優勝したい。
とにかく出る大会では全て優勝を狙っていきたい。
あと個人的にはドームとかプロのスタジアムで試合をしてみたい。
とにかく、やるからには全力で上を目指す。
それがハードライナーズの野球。
今年も一人一人が持てる力を存分に発揮して、最後には笑える。
そんな野球をしていこうではないか。上には上がある。その上にも更に上がある。一番上を目指そう。
今年も熱い感動を!