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06.06.24
自分越え!!〜Evolution〜
*最上級の自己満足 〜記録達成〜
6月6日(土)青山球場、対BULLDOGS戦の最終打席、真ん中よりの変化球を捕らえた打球は、打った瞬間それ(安打)と分かる低いライナーで左中間フェンスを直撃した。
俺は正直、ここ数年、この安打を打つことを目標に野球選手を続けてきたといっても過言ではない。いや、正確に言えば、この一本の目標があったからこそ、野球選手を続けてこれたのだと思う。だから、記録達成時のファーストベース上では、達成感・充実感・安堵感・脱力感等など、様々な感情を交差させながら、塁上で喜びを噛み締めていた。
これは、あくまで自己満足の記録であるが、05年7月16日(土)調布関東村、対東京メッツ戦で、俺はその後の野球人生を変えてしまうほどの、左足首の怪我をした。それから、約4年間、ようやく、入団時〜05年7月16日(土)までの安打数「209」を、怪我してからの安打数が上回った瞬間であった(「210」本目の安打)。更に、怪我する前の試合数「185」に対して、「210」本目の安打は182試合目の達成であった。
00/10/7〜05/7/16 |
05/7/23〜09/6/20 |
合計 |
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| 試合数 | 185 |
185 |
370 |
| 安打数 | 209 |
218 |
427 |
| 本塁打数 | 29 |
25 |
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*210安打目は、182試合目に達成!! |
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大きな一歩 〜自信〜
05年7月16日(土)、あの日のことは今でも正直思い出したくない。強烈に後悔もしているし、怪我の箇所とは、これから先もずっと向き合っていかなければならない。しかし、あの日を境に、心身ともに、学んだことや、得たものも数知れずある。そして、何より多くの人に支えてもらってきた。もちろん、今回の記録達成も自分ひとりの力では絶対に成しえなかったものである。今でも継続的なことであるが、本当に感謝の気持ちを持ち続けている。
「怪我の功名」、そういう風に胸を張って言えるように、俺はこの4年間必死に前を向いて頑張ってきた!!
だから、今回の「自分越え!!」は俺にとって本当に大きな一歩であった。
次なる一歩 〜仲間〜
記録を達成して初めて望んだ試合、俺は緊張から解放された安堵感と何か大きな目標を失った脱力感があった。どうやって、気持ちを切り替えれば良いか分からずに入った初回の第一打席、結果はレフト頭上をはるかに越す今シーズン第一号の本塁打であった。ダイヤモンド一周しながら、きっとこの本塁打は野球の神様からの4年間分のご褒美なんだと受け止め、俺は仲間の待つファーストベンチで皆から祝福を受けた。
これからも、常に感謝の気持ちを忘れずに、最高の仲間達と共に野球道に励んでいきたい!
2009年6月21日(日) HL主将#9 本間 興二
監督が印象に残ったあの一打
そうだなー。数多く印象に残るヒットを見てきたけど、今回のテーマに合わせてビフォーケガ、アフターケガで選んでみるか。
強打線の中あえてライナーをたたいた四番
04年7.25対東京ナイツ
この試合に勝てば三部ベスト8進出がかかっていただけに、決して好投手と言えない相手投手に消化不良気味の打線。しかし三番吉田、五番飯沼とともにあわやホームランという弾丸ライナーを放つ。そこに挟まれた四番に対し、明らかに逃げる相手投手。打席に入った本間が外角低めのボール球を強引に火の出るような当たりでレフト前へ運んだときには「このクリーンアップ、同じチームで良かった」と心から思ったモノだ。
通算300安打をホームランで達成
06年10.28対ブラッキーズ
どの選手でも通算○○本安打とか、○盗塁とか、気になると思う。彼の場合、常にトップを走るだけに特に思い入れが強いだろう。この日まで通算299本のヒットを放っていた本間だが、記録目前で一試合足踏み。迎えたこの試合、相手投手の投じたボールをたたくと打球は弧をを描いてレフトスタンドへ。ドラマティックな記録達成は、漫画の一こまを見ているようだったと記憶している。