プ ロ ジ ェ ク ト ] 〜 挑 戦 者 達 〜
「HARDLINERS」
(祝!優勝記念! HL 9本間 興二 独占インタビュー。)
*今回のコーナーでは、先日世田谷区の大会で優勝したばかりの、HLの主砲、本間興二の独占インタビューに成功。先日の優勝はもちろん、HLが歩んできた6年間のヒストリーについても話を聞くことが出来た(「月間HL野郎」編集部独占取材)。
1.スタートは、一人の男の情熱だけだった・・・。
2005年11月3日(木)、世界一の「野球バカ集団」を自負する!ある草野球チームが世田谷区の3部の大会を見事に制した。言葉で表すのは非常に難しいが、そのチームには、何か人の心を動かす「とてつもないパワー」があった。そのチームの名は、ずばり「HARDLAINERS」通称「HL」である。創立6年目の個性派集団である。
選手のプロフィールをひとつとっても、年齢19歳〜40歳半ばまでと幅広く、国籍も日本だけではなくアメリカから来て一緒にプレーしている仲間もいる。更に名門校出身のプレーヤーもいれば高校野球未経験者のレギュラーメンバーも多数いる。そしてなにより、入団のきっかけはほとんどの選手がインターネットを見て集まってきたという、まさに異色のチームなのである。 今でこそインターネットが普及しているが、チーム結成当時はまだまだ駆け出しの時代であった。
当時のことを、本間が語りだす。「なんと言っても、監督の情熱でしょ。だって当時インターネットで集めてきた選手で最高の草野球チームを作る!って言って、それを本気で相手にしてくれる人は皆無に等しかったんじゃないかな〜!?もちろん、俺もその多数派の一人だったしね〜。」「ただねぇ、監督だけは本当に違ったね。そう、レオ君の目だけは明らかに本気だったよ!」。
ここで本間が言う、「レオ君」こそ、「HL」の創設者であり、今や草野球界を代表する名監督の「西岡玲央」である。 もし、西岡監督がいなかったら? 「そりゃもちろん、「HL」というチームはなかっただろうし、今の自分自身もいなかったと思うよ。そしてなにより、今の最高の仲間たちとも一生出逢わなかったんだよね!」「ほんと、想像したくないね」。
・「野球の神様」
そんな本間も、HL結成当初は決して平たんな道のりではなかった。「最初に監督から入団の誘いをもらった時!?それは、正直嬉しかったし野球をやるということに関しては非常に前向きだったよ! ただ・・・、インターネットで人を集めることへの抵抗はかなりあったよね」。「だってそうでしょ!どこの誰かも分からない人と自分の大好きな野球を一緒にやれといわれてもね・・」。「だから、今でもHP見て入団してきた選手はすごいなぁって思うよね。まぁ、うちのHPが他のHPを圧倒するぐらいインパクトがあるとは入団した選手は皆言うけど、それにしても、それを見て飛び込んでくる勇気というか前向きな姿勢とかは本当に尊敬しちゃうよね。それにさぁ、そういう選手がチームを支えていてくれているからこそ、今の「HL」があるんだよね。それは、間違いないよ!」。
その後、何日か考えたあとに本間は晴れて「HL」に入団することになった。入団の決め手も、やっぱり最後は西岡監督の情熱であった。その後、本間は複数回にわたって野球を辞めることを考えたが、その時も、その気持ちを留めてくれたのは西岡監督だったと、本間は今振り返る。 「俺にとっての監督の存在!?う〜ん、10年近くずっと一緒に野球やってるから、正直一言では難しいけど、やっぱ「恩人」かな!あ〜、それと、俺にとっての神様だね。そう「野球の神様!」」。
・その時歴史が動いた。
2002年9月29日(日)、HLは世田谷区4部で見事170チームの頂点にたった。創立3年目の奇跡であった。「あの大会は奇跡的だったね。さすがの監督もまさか!って言ってたよ」。「ただね、あの試合だけはほんと言葉にならないぐらい嬉しかったね。人生初優勝だったのもあったし、それになにより、ちょっと前まで赤の他人だった連中がさぁ、人目もはばからず、目に涙浮かべて抱き合ってるんだぜ!」「ほんと、「歴史的瞬間」ってやつだよね」。「それに、社会人になってまさかこんな感動を味わえるとは夢にも思ってなかったねぇ、ほんと、この試合で自分の野球人生終わってもいいって、本気でそう思えるぐらい素晴らしい試合だったよ」。
9.29決戦こそが、今の「HL」の原点という人もいますが?「確かに、そうかもしれないね。上手く言えんけど、「楽しめれば負けても・・・」⇒「楽しんで絶対に勝つ!!」という、今の理想のスタイルの第一歩目の試合だった気がするよ!」。
試行錯誤
その後、2003年・2004年と時を重ねるごとに、「HL」は常に向上し続けてきた。
その一つの大きな要因に、毎年入ってきてくれる新入団選手の存在が大きいと本間は言う。「普通、内輪だけでやっているチームって、なかなか途中から入団するのは難しいよね。それに、やっぱ平均年齢も必然的に上がっていくしね。でも、「HL」はその逆で下がってるんだよね。まぁ、ただ単に下がっているだけでは意味ないんだけど、うちのチームの場合は、若手に刺激を受けた中堅・ベテランが更に頑張るからね」、「簡単に言うと新陳代謝の良いチームなんだよ」。
まさに、2004年までの5年間は順風満帆のチーム作りが出来たということですね?
「う〜ん、まぁそう言ってしまえばそうなんでしょうけど、当然、辛い時期もありましたよ。苦しかったり、悩んだり、自己嫌悪になったりの繰り返しでねぇ」、「言い方を変えれば、「試行錯誤」の連続でしたよ」。 例えば?「例えば!?う〜ん、数え上げたらきりがないけど、やっぱり参加人数の問題が一番かなぁ。それと、どこまで「勝ち!」にこだわるチームにしていくかでも、結構葛藤があったね。当然だけどこれだけの人数がいれば、正直、摩擦やもめごとも結構あったからね」。 具体的には?「まぁまぁ、もうこの話はこの辺でいいでしょ。 今日って優勝インタビューだよね〜!」。
・再び頂点へ
そうですね。それでは、本題の11月3日の優勝について話を聞かせてください。
まずは3年振り2度目の優勝おめでとうございました。「ありがとうございます!」。
率直なご感想からお聞かせください。「それはもう、めちゃくちゃ嬉しいよね!だって、世田谷の大会をもう一度制するのが個人的にもチームとしても最大の目標だったからね」。「2002年の感動をもう一度味わいたかったのもあるし、昨年、決勝まで勝ち進んで負けた悔しさも晴らしたかったからね」、「それになにより、今のメンバーみんなで絶対に優勝をしたかったんだよね」。 最高のチームメイトと最高の優勝ができたということですね?「ほんと、そういうことだね」。 ちなみに、3年間前の優勝時のチームと比べて、今のチームはどのように映りますか? 「やっぱり、全ての面でレベルアップしてるよね!特に「声」が一番印象的だね。3年前に比べたら、個々が持っている「声」への意識が本当に変わってきたね!その証拠に、この頃「HL」の印象を聞くと「よく声が出ているチーム」とか「元気があるチーム」って言われることが多くなったもんね!」。
では、今度は試合のほうを振り返ってください。我々からみたら非常に楽勝に見えたのですが?「楽勝というか、みんなが本当に頑張ってくれたよね!」。 持ち味の全員野球ですか?「まさに、その通りだね!」。 その中でも、特に印象に残ったシーンはありましたか? 「沢山あるから難しいけど、やっぱ中原さんの投球かな!今まで「HL」は3回決勝戦で戦っているけど、中原さんだけでしょ!?すべて同じポジションでスタメン出場しているのは! しかも投手として!」「やっぱ、だてに50勝してないよね。ほんと凄いことだよ!」 その他には? 「正直、チーム全員に声をかけたいことは山ほどあるよ。ただ、それは今度飲みに行ったときにでも、本人に直接話すよ」。 それでは、個人的にはどうでしたか? 「いや〜、ひどかったね〜。もし、負けていたらと思うとぞっとするよ。」「正直、準決勝に勝った日から、ずっと決勝戦の第一打席を目標に頑張ってきたからねぇ、それが、結果はチャンスにセカンドフライでしょ。しかも、2打席目は満塁で凡退、ほんとに情けないよ」。 それでは、勝った瞬間は?「まずは、ほっとしたね〜。それとほぼ同時に、早くみんなと抱き合って喜びをわかちあいたかったね〜」。 本当に皆さん嬉しそうでしたね!?「最高だったね〜〜!!」。
では最後になりましたが、今後の抱負をお聞かせ下さい。
「個人的もチームとしても、2005年の残り試合を怪我なく乗り切ること!今はそれだけだね!」。 今日はありがとうございました。 「こちらこそ、どうも!」。
・最後に・・。
今回の取材後に本間が真面目な顔をしてこう言った。
「「HL」ってチームはね、よく「奇跡のチーム」だって言われるけど、俺はそうは思わないんだ」。「確かに「奇跡のようなチーム」ではあるけど、決して「奇跡」ではないと思う」。
「だって、奇跡って言うのは一般的に「偶然」のことを指すでしょ。でもね、「HL」って言うチームは決して「偶然」生まれたチームじゃないんだよね」。
「そう、6年前に西岡監督が、誰も注目していない畑に「情熱」という一つの種をまいてくれたおかげで、最初は一つしかなかった「情熱」の種が、「野球」っていう最高の肥料を得て、今では、その畑いっぱいに沢山の「情熱の花」を咲かせているんだ!」。
「「HL」って言うチームはさ、「野球バカ」に対して「野球の神様」が贈ってくれた、最高の贈り物! だからこそ、俺はこれからも「HL」を大切していくよ!!」。
そう最後に言い残して、本間は部屋を後にした・・・。 |